システムのクラウド移行、特にAWSへの移行を検討する際、多くの担当者が抱く懸念の一つに「パフォーマンスの低下」があります。「オンプレミス環境から物理的に離れたクラウドにサーバーを置くと、レイテンシー(通信遅延)が増えて応答速度が落ちるのではないか?」その不安は、もっともなものに聞こえるかもしれません。
しかしその懸念は、過去のイメージや誤解に基づいている可能性が高いと言えます。結論から言えば、適切な設計とAWSが提供する豊富な機能を活用することで、パフォーマンスは低下するどころか、むしろオンプレミス環境を上回るケースがほとんどなのです。
本記事では、なぜ「AWS移行でパフォーマンスが落ちる」という誤解が生まれたのかを解き明かし、「“場所の制約”より“設計の自由度”が勝ちます」と言い切れる理由を、具体的な技術と数値に基づいた検証方法とともに解説します。
「AWS移行でパフォーマンス低下」は本当?よくあるレイテンシーの誤解
「クラウドは遅い」という漠然としたイメージは、なぜこれほど根強く残っているのでしょうか。まずは、パフォーマンスとレイテンシーに関するよくある誤解を一つずつ解きほぐしていきましょう。
なぜ「クラウドは遅い」というイメージが生まれたのか?
「うちのシステムは特殊だから、クラウドじゃ遅くなるんじゃないか?」。あなたの会社のベテラン担当者も、そう口にしているかもしれません。こうしたイメージは、主にクラウドサービスの黎明期に由来します。
当時はまだネットワークインフラが未成熟で、利用できる機能も限られていました。また、クラウドの特性を理解しないままオンプレミスと同じ感覚でシステムを構築し、性能が出なかったという過去の失敗事例が、ネガティブなイメージとして語り継がれてきた側面もあります。
物理的なサーバーが手元から遠く離れたデータセンターにあるという事実が、心理的な距離感と相まって「遠い=遅い」という単純な連想を生みやすかったことも一因でしょう。しかし、現在のクラウド技術は当時とは比較にならないほど進化しており、このイメージはもはや実態と乖離しています。
物理的な距離だけでは決まらない「レイテンシー」の本質
レイテンシー、つまり通信の遅延時間は、たしかに物理的な距離に影響されます。しかし、ユーザーが体感する応答速度は、それだけで決まるわけではありません。
レイテンシーは、むしろ以下のような複数の要因が複雑に絡み合って発生します。
- ネットワーク経路: データが目的地に届くまでに経由するルーターや交換機の数や性能
- サーバーの処理能力: リクエストを受け取ってから応答を返すまでのサーバー内部の処理時間
- アプリケーションの設計: 非効率なデータベースクエリや、最適化されていないコード
- データ転送量: 一度に送受信するデータの大きさ
物理的な距離は、これら数ある要因の一つに過ぎないのです。そしてAWSには、これらの要因すべてを最適化するための強力なソリューションが用意されています。
パフォーマンスとは「応答速度」だけでなく「安定性」や「処理の質」の総合評価
そもそも「パフォーマンス」という言葉を「応答速度」だけで評価するのは、非常に狭い見方ではないでしょうか。真のパフォーマンスとは、以下の要素を総合的に評価すべきものです。
- 応答速度(レイテンシー): ユーザーのリクエストに対する反応の速さ
- 安定性(アベイラビリティ): アクセスが集中した際にも安定して稼働し続けられるか
- 処理能力(スループット): 単位時間あたりに処理できるリクエストの数
- 処理の質: エラーなく、正確な結果を返すことができるか
オンプレミス環境では、特定の高負荷時にサーバーがダウンしてしまったり、応答が極端に遅くなったりすることがあります。AWSへの移行は、単に応答速度を速くするだけでなく、こうした安定性や処理能力を含めた総合的なパフォーマンスを劇的に向上させる絶好の機会なのです。
“場所の制約”は技術で克服!AWSのグローバルインフラが体感速度を向上させる仕組み
「サーバーが遠くにある」という物理的な制約は、AWSが世界中に張り巡らせた高度なインフラと技術によって、もはや問題ではなくなりました。むしろ、そのグローバルなインフラを活用することで、ユーザーの体感速度を向上させることが可能です。
ユーザーに最も近い場所から提供する「リージョン/AZ」の最適化
AWSは世界中の主要都市に「リージョン」と呼ばれるデータセンター群を設置しています。日本のユーザーをメインターゲットとするサービスであれば、東京や大阪のリージョンにシステムを構築することで、物理的な距離を最小限に抑えられます。
さらに、海外展開するサービスであればどうでしょう。米国のユーザーには米国リージョンから、欧州のユーザーには欧州リージョンからサービスを提供するといった地理的な最適化が容易に行えます。これにより、世界中のどこからアクセスがあっても、常にユーザーに最も近い場所から高速なレスポンスを返すことが可能になります。
CDN活用で物理的距離をゼロに近づける「Amazon CloudFront」
Webサイトの画像や動画、CSSファイルといった静的なコンテンツは、ユーザーが体感する表示速度に大きく影響します。Amazon CloudFrontは、これらのコンテンツを世界中に配置された「エッジロケーション」と呼ばれるキャッシュサーバーに複製・配置するCDN(コンテンツデリバリネットワーク)サービスです。
ユーザーがコンテンツにアクセスすると、物理的に最も近いエッジロケーションからデータが配信されます。これにより、オリジンサーバーまでの通信が不要になり、物理的な距離は実質的にゼロに近づきます。その結果、Webサイトの表示速度が劇的に改善され、ユーザー体験を大きく向上させます。
ネットワーク経路を最適化・高速化する「AWS Global Accelerator」
一般的なインターネット通信は、さまざまなプロバイダーのネットワークを経由するため、経路が不安定になったり、混雑によって遅延が発生したりすることがあります。
AWS Global Acceleratorは、ユーザーからのアクセスを最寄りのエッジロケーションで受け付けた後、AWSが管理・最適化している高速で信頼性の高いグローバルネットワークバックボーンを経由してアプリケーションまで届けます。これにより、パケットロスやジッター(遅延のばらつき)が減少し、通信全体のパフォーマンスと可用性を向上させることができるのです。
ピーク時の“過剰装備”は不要!柔軟なスケーリングが実現する真のパフォーマンス
オンプレミス環境におけるパフォーマンスの大きな課題は、需要の変動への対応です。AWSの柔軟なスケーリング機能は、この課題を根本から解決し、コストとパフォーマンスの両立を実現します。
アクセス急増に瞬時に対応する「オートスケーリング(水平スケール)」
テレビで紹介されたり、キャンペーンを開始したりしてWebサイトへのアクセスが急増したとします。このような時、オンプレミスではサーバーが負荷に耐えきれずダウンし、大きな機会損失につながることがあります。
AWSのオートスケーリング機能を使えば、CPU使用率などの負荷状況を監視し、あらかじめ設定した閾値を超えると自動的にサーバー(EC2インスタンス)の台数を増やせます。そして、アクセスが落ち着けば自動的に台数を減らすのです。これにより、突然のアクセス急増にも瞬時に対応し、常に安定したサービスを提供し続けることが可能になります。
必要に応じてスペックを自在に変更できる「垂直スケール」
サービスの成長に伴い、より高い処理能力が必要になった場合、オンプレミスではサーバーの買い替えや増設といった大掛かりな作業と投資が必要でした。
AWSでは、管理コンソールから数クリック、あるいは簡単なAPIコールだけで、サーバーのCPUやメモリ、ストレージといったスペックを自由に変更できます。ビジネスの成長に合わせて必要な分だけリソースを増強できるため、将来の不確実な需要予測に悩まされることなく、常に最適なパフォーマンスを維持できるのです。
「過剰なサイジング」から解放され、コストとパフォーマンスを両立
オンプレミス環境では、年に数回あるかないかのピークアクセスを想定して、常にハイスペックなサーバーを用意しておく「過剰なサイジング」が一般的でした。これは、普段は使われないリソースのために多大なコストを払い続けることを意味します。
AWSであれば、オートスケーリングによって負荷に応じてリソースを増減させるため、このような無駄なコストは一切発生しません。必要な時に必要な分だけリソースを利用する「従量課金制」により、最高のパフォーマンスとコスト効率を同時に実現できるのです。
移行は「数値」で判断!負荷テストでパフォーマンスを可視化し、確信を持って本番へ
「AWSに移行すればパフォーマンスが上がる」と言われても、やはり不安は残るかもしれません。その不安を払拭する最も確実な方法は、思い込みや体感ではなく、客観的な「数値」で判断すること。AWSへの移行プロジェクトでは、データに基づいた意思決定が可能です。
まずは移行前の現状(オンプレミス)のパフォーマンスを正確に計測
比較の土台がなければ、改善したかどうかを判断できません。移行プロジェクトの最初のステップとして、まずは現状のオンプレミス環境で、レスポンスタイムやスループット、高負荷時の挙動などを専用ツールで正確に計測し、ベースラインとなる数値を設定します。これが、移行後の成果を測るための重要な基準点となります。
AWS上でリアルな負荷テストを実施し、性能を客観的に比較検証
次に、AWS上に本番環境と近い構成の検証環境を構築します。そして、オンプレミス環境と同じ条件でリアルな負荷テストを実施し、パフォーマンスを計測。この時点で、レスポンスタイムが短縮されたり、より多くの同時アクセスに耐えられたりといった改善が数値として明確に現れることがほとんどです。
A/Bテストで新旧環境を並行稼働させ、実際のユーザー体験を数値で確認
さらに万全を期すなら、A/Bテストが有効です。一部のユーザーからのアクセスだけを新しいAWS環境に振り向け、残りのユーザーは既存のオンプレミス環境を利用し続けます。この状態で、両環境のページ表示速度、コンバージョン率、離脱率といった実際のユーザー行動に関わる指標を比較。これにより、「AWS環境の方がユーザー体験が向上し、ビジネス成果にもつながっている」という事実をデータで証明できます。
「体感」ではなく「データ」に基づいた意思決定で不安を払拭
「なんとなく速くなった気がする」といった曖昧な感覚に頼る必要はありません。AWS移行では、これらの一連のテストを通じて、「レスポンスタイムが平均0.5秒短縮された」「高負荷時のエラー率が5%から0.1%に低下した」といった具体的な数値データを得ることができます。この客観的なデータこそが、パフォーマンス低下への不安を払拭し、確信を持って本番移行へと進むための強力な後押しとなるのです。
まとめ:“場所の制約”より“設計の自由度”が勝るAWSで最適なパフォーマンスを
AWSへの移行がパフォーマンス低下につながるという懸念は、過去のイメージや誤解からくるものです。適切な設計を行えば、むしろオンプレミス時代には実現できなかったレベルのパフォーマンスを手に入れることが可能です。
AWS移行はパフォーマンス低下ではなく「最適化の絶好の機会」
これまで見てきたように、AWSはグローバルインフラ、CDN、柔軟なスケーリングといった多彩な機能を提供しています。AWSへの移行は、単なるサーバーの引っ越しではありません。それは、自社のシステムのパフォーマンスを根本から見直し、ボトルネックを解消して最適化するための絶好の機会なのです。
設計次第でオンプレミスを超えるパフォーマンスは実現可能
「場所の制約」は、もはやパフォーマンスを決定づける主要因ではありません。それよりも、AWSが提供する「設計の自由度」をいかに活用するかが重要です。クラウドの特性を最大限に活かしたアーキテクチャを設計することで、応答速度、安定性、スケーラビリティのすべてにおいて、オンプレミス環境を凌駕するパフォーマンスを実現できます。
まずは専門家と相談し、自社に最適な構成と移行計画を
AWSの機能を最大限に引き出し、最適なパフォーマンスを実現するためには、専門的な知識と経験が不可欠です。自社のビジネスやシステムの特性を理解した上で、どのようなAWSサービスを組み合わせ、どのような構成を組むべきか。
もしAWS移行の際にパフォーマンスへの不安をお持ちでしたら、ぜひ一度、AWS移行の実績が豊富な専門家にご相談ください。現状の課題をヒアリングし、客観的なデータに基づいた最適な移行計画をご提案します。
AWSへの移行にお困りの場合は、ディーネットまでお問い合わせください。お客様に最適な運用をご提案し代行いたします。
